2005年 05月 22日
昨年、標本でお目にかかって以来気になっている昆虫、シラミバエ。その異形という言葉がピッタリの昆虫をぜひ生きた状態で見てみたいと思っていた。そこへシラミバエの送り主、都留文大の鳥屋、西くんから「今年もバンディングやるから来ませんか」とお誘いがあったので、待ってましたとはせ参じてきた。
メンバーは都留文大生の西くん、ケンイチ、院生の○○さん(ごめん、名前忘れました)、東京からやってきたミッチャンたち。鳥にはうとく、バンディングに参加するのも初めて。僕の方はそれをじゃまにならぬように手伝いつつ、イワツバメにつくシラミバエ(イワツバメシラミバエという種類と思うのだけれど、これもハエグループのこと、ここは慎重にシラミバエの仲間ということにしておこう)の様子をうかがうことにする。 朝6時、イワツバメはすでに大学玄関ひさし裏の巣を出入りしていて、帰ってきたらサッと網を張りかかるのを待つ。もちろん網をよけて飛ぶものもいるが、タイミングよく網をかけるとひっかかる。それをすばやく傷つけないようにはずし、いくつかを記録し、初捕獲個体であれば足環をつけ放す。 イワツバメは身近な鳥であってもうずいぶんいろいろわかっているだろうなという先入観があったのだけれど、意外にもわかってないことが多いらしい。たとえばオスメスの識別。一般的には、総排泄口が盛り上がっている(オス)かいない(メス)か、お腹の羽毛が抜けて地肌がむき出しになっている(メス、抱卵のため)かいないか(オス)、で見るのだけれど、これらは程度の差があって微妙なものがいるのだ。だから「うーんこれはオス的ですね」などとという表現も出てくることになる。記録用紙をのぞくと、性別不明にしてあるものもいくつか見える。さらにこれらの特徴は繁殖期のピークにしか使えない。「他の特徴がないかと思って、今、上尾筒と下尾筒の羽根の羽軸に注目してるんですけどね……」と一羽一羽の尾のあたりをさかんに観察してる西くん。 さて今回お目当てのシラミバエだが、あっけないほどつぎつぎに見つかった。西くんが手にしたイワツバメの背中のあたり(どうもこのエリアに多かったように思う)に「フッ」と強く息を吹きかけると、羽毛の中から平たいそれがサッサッと出てきて姿を見せる。体長4〜5ミリ。脚がクモ的な感じに立派で実際にはとても大きく見える。そこに実用的ではないが高速ジェット機を思わせる2枚の翅。そして特異なのは頭、胸、腹部が押しつぶされたように平べったいこと。いかにもすべてが羽毛のすき間にもぐりこむための体つきだ。 「シラミとハエはどういう関係なの?」ミッチャンがきく。シラミバエという名にひっかかったのだ。「ハエなんだよ。ほらハエみたいに足をこすりあわせてるでしょ」。ビンの中でのしぐさはこんな姿をしていてもやはりハエ。 たくさんいるにはいたが、動きが速く、イワツバメを手にする西くんが気を使ってくれ撮影しやすい角度をつくってくれるのだが、それでも撮影はなかなか大変。そして動き方もとても不思議。イワツバメの体表を何だかすべるようにという表現があてはまるような、しばしば横向き並行高速移動。ここに出てきたと思えば、ササッと羽毛に潜り込む。それだけスムーズな移動をくりかえしているにもかかわらず、いざ羽毛から採集しようとするとビックリするほどくっついて離れない。今回小さなシラミバエ採集のためにと自製吸虫管を用意し、それを使って貧血になりそうなほど吸い込もうとしたのだが、それでもはずれないことしばしばで、結局指でつまんではずしてまわるほどだった。後に足先を顕微鏡でのぞいたら、ふ節先端にそれはそれは立派なカギ爪がそれぞれ4本づつも備わっていた。これで羽毛の細かな毛をひっかけてしまうのだろう。たしかに風切って飛び回る鳥についての生活なのだから、生半可に離れてしまっては困るわけだ。 「鳥の何を食べてるの?皮膚?」「ヒトにはつかないの?」……。ケンイチからいろいろ聞かれるが、こちらも明確には答えられない。ハエグループであるからおそらく液体を吸う口なはずで、そうなるとやはり吸血かなと思う。だが吸血生活のイメージと、体表を素早く動く姿とがどうも結びつかない。地肌の接するところに潜り込んでジッと動かないのならわかるのだけれど……。 今回数時間のバンディング中に捕獲したイワツバメは19羽(うち再捕獲が7羽)だったが、シラミバエは半数以上についていただろう。多いものでは最大4匹が動きまわっていた。かくれたまま見えなかったものも含めて考えると、さらに多くの個体がついていたにちがいない。イワツバメくらいの体にこれだけの大きさの寄生生物がついているのはさぞかし負担になるだろうなと思う。西くんいわく、「イワツバメは特別です。他の鳥にはこんなについてません。しかももっと小さいやつです」。なぜイワツバメにだけ多いのかはやはりナゾだ。 こうして実際に生きてイワツバメについている状態を目にすることができたわけだが、なおさらにナゾだと思ったのはやはりその生活史。この点に関しては昨年調べたことからたいして進展していない。 それに関連し、ビックリしたのは、寄主であるイワツバメ自身、越冬地がいまだに解明されていないということ。秋に日本をたつイワツバメがその後どこでどう過ごしているのかいまだに知られていないということなのだ。シラミバエがイワツバメの渡りについていっているかどうかももちろんわかっていない。 ただ、のちのち参考になりそうないくつかの断片的な情報は収集した。 その一つ、西くんのバンディングにおけるシラミバエ増減データ。時期によってシラミバエの増減がある印象だというのだ。季節を追ってみると、 ・4/5 3羽捕獲 シラミバエほとんど見つからず ・5/5 18羽捕獲 シラミバエあまり多くない ・5/21(今回) 19羽捕獲 シラミバエ半数以上についている ・6月以降 シラミバエの数増加 ・8/6(昨年) 8羽捕獲 シラミバエほとんど見られず 増加していたシラミバエの数が、渡りの前ころになると今度はなぜか減少していくというのだ。 もう一つ。カラスにおそわれて半分破壊されたイワツバメの巣をのぞかせてもらったときに見つけたシラミバエのものらしき囲蛹殻の存在。巣材の上の方を何気なくすくってみたら、上部がすっぱりきれいに開けられたそれらしき殻が10数個も混じっていたのだ。これがどの時期に羽化したものなのかが問題だ。昨シーズンの殻がそのまま残っていたのか。昨年夏もしくは秋に産み込まれ(シラミバエは終齢幼虫を産むことが知られている)蛹になって一冬の間巣で待ちつづけていて、イワツバメが来てからとりつくために羽化した殻なのだろうか。それともイワツバメにずっととりついていて、今年渡ってきてから巣の中に産み込んだ子供世代の殻なのだろうか。そのあたりがけっこうキーのような気がしてきた。 何羽かの尾羽にビッシリと”羽ダニ”(と呼ばれている。どういう仲間かまだ調べていない)がついていたことなどもあり、イワツバメというおなじみだがわからないことがけっこうある鳥と、異形の寄生昆虫シラミバエは、どちらもなかなかに追いかけがいのある存在だと思った次第。機会あればまたかかわってみたい。 シラミバエ
by narwhal2
| 2005-05-22 15:22
| ハエ目
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