2006年 04月 16日
INAX名古屋の講演翌日、帰る途中で少しだけ東海のフィールド歩きをしてきた。実は出かける前、名古屋のPhasmidさんに問い合わせたところ、こころよく何カ所かの里山フィールドの情報をいただいていたのだが、せいぜい1,2時間という持ち時間から、帰り道にあたるポイントに立ち寄ることにしたのだった。 春らしい花曇りの中、とくにあてもなく歩き始める.入り口付近はアラカシなど常緑樹まじりの沢沿いルート。夏場、冬虫夏草でも発生しそうな環境だな、などと思いながら進むと、やがて明るくなり雑木林に囲まれるようになる.おりしもサクラの花びらが落ち始め、ツツジがまぶしく咲き、コナラなどが芽吹く。春真っ盛り.地形的にも家のあたりと違ってゆるやかで、何か大物に出会うということもなかったが、ここを紹介していただいたPhasmidさんに感謝しつつ、何だかとてもおだやかな気分で歩く. 日当たりのいい道上には僕にとっての春告げ虫のひとつ、ビロウドツリアブ。例によって地面から数十センチの高さでホバリングし、何かが通りかかるとチェイスし、何事もないと次第に降下してときに着陸する.おそらくこれはオスたちの姿だろう. 毛むくじゃらな胴体と戦闘機のような翅といったいかした姿のおなじみビロウドツリアブだが、そのくらしぶりとなると相変わらず追いきれていない。図鑑などによるとヒメハナバチなどへの寄生生活をするらしい、というところまで。せいぜい、メスらしい個体が、空中で尾端をクイックイッと曲げる行動をしているのを見ていて、それが産卵行動ではないかと推定しつつも卵までは確認できぬまま、それ以上はあたらしい観察も知見も増えないまま数シーズンがすぎようとしているなあ……。 そんなことを思い出しつつ、尾根にのぼる坂道を歩いていたら、道わき日当たりのいい土のガケにもビロウドツリアブ。が、動きがさきほどのオスたちとはちがう。地面近くをフワフワ飛びつつ、ときどき例のクイクイッをやっている。しばらく眼で追いかけると、そのメスらしき個体はガケから突き出た枯れ枝にとまった。そしてお腹を内側に曲げて尾端を枯れ枝下面に何やらこすりつけるような動き。ん?何だ?さらに少し離れたところにある石にとまり、やはりそのオーバーハングした面にお尻をつけてこすりつけるような動き。ひょっとしてこれが産卵行動なのか?と色めきたち、枯れ枝引っこ抜き、眼をサラにしてチェックするも卵らしきものはなし。枝にはただホコリのような土が半ば剥がれ落ち、半ば付着しているだけ。じゃあ何をしてたの?とハテナマークが浮かぶばかり。その後、尾根からおりてくる道でも何度か同じような行動するビロウドツリアブを見かけるが、その意味はよくわからないままに終わった。 家に帰りビロウドツリアブのことが気になったままだったのでネットで調べていると、これだという資料の存在を知る.紺野剛「ビロウドツリアブの観察ー特に雌の尾端接触行動について」(双翅目談話会「はなあぶ」No.20,p58-61)。ハエとなればハエ男さん、ということで聞いてみたところ、さすがこれをお持ちで、すぐに見せていただくことができた。 紺野さんがお書きになっている考え(実はまだたしかめられていない部分が多々あるのだが)を知るためには、ある器官のことを理解しておかなくてはならない.それは砂室というもので、ビロウドツリアブはじめ多くのツリアブ雌の尾端に備わっている部屋であり、ここで卵は砂にまぶされるのだという。つまりビロウドツリアブは砂コーティングの卵を産む、ということなのだ。 砂室の存在を知って思い出したのは、お尻こすりつけ行動をレンズを通して見ていて、そのお尻部分がフワフワしてふくらんだ、モップの先の部分というか、ワックスがけマシーンの回転するブラシというか、とにかくそんなものたちを連想させるような厚みと広がりをもっていたということだった。あそこが砂室がらみの器官なのだろう。 さて、そうなるとお尻こすりつけ行動(尾端接触行動と呼ばれている)の意味について少しは想像がつくかもしれない。紺野さんいわく、産卵行動は飛翔しながら地面に尾端をちょっと接触させる行動の方(僕の見ているクイックイッの行動のことだろう)であって、尾端をこすりつける行動は、砂室での卵へのまぶし行動ではないか。紺野さんは、本文の中でそのように述べられている。が、本文の最後には、さらに脱稿後の追記という欄で少し違う考えを紹介されている.紺野さんが入手したStubbsさんという方のビロウドツリアブ論文によれば、尾端接触行動は「砂室へ砂、土粒を満たす行動」だろうという。卵へまぶす砂粒の補給というわけだ。なるほどなるほど、である。 そういえば、件の行動を近づいて見ているとき、ビロウドツリアブが尾端をこすりつけるたびにハラハラと細かい土、砂が落ちていたことを思い出した.そのときはその土粒にまじって卵が落とされているんじゃないかと眼を凝らしていたわけなのだが……. しばし停滞していたビロウドツリアブへのアプローチが久しぶりにほんの少し前進。こうなると、ビロウドツリアブメスの産み落とす砂コーティング卵、を見てみたくなるわけだが、紺野論文によれば、ツリアブの卵の大きさは0.5mm以下のものが多く「人の肉眼ではおそらく卵とは分からず、土や砂の粒そのものに見える」のだという。しかもそれを例のクイッの行動で空中から散布するように産むだろうから……はてどうやったら見られるかしら……。 →ビロウドツリアブ
by narwhal2
| 2006-04-16 18:47
| ハエ目
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